日記

30代独男、転落の軌跡

5月12日(土)

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 4時に目が覚め、二度寝するのはどうかと思い、西村賢太の小説をパラパラ。すると文字の中のなんとも旨そうな出汁つゆの香りに普段はならない朝の腹の虫がぐぅ〜、8時過ぎに身支度を整え電車に飛び乗った。部屋を出たときは日本橋方面の立食い蕎麦へ行こうと考えていたが、そういえば前から一度と思っていながらスルーしていた中野の田舎そば「かさい」を思い出し途中下車。

 どちらかといえば細切りの都会的な蕎麦が好きな自分だが、太い蕎麦にしっかりしたつゆが絡むその田舎蕎麦は西村賢太のイメージも重なってかとても美味しかった。

 食後、そのまま帰るのはどうかと思い中野の街をふらふら歩いていると、広場でメルカリプレゼンツ(?)のフリーマーケットが開かれていた。

 自分は古本は買い読む人だが、古着は買わ着ない人なので、商品を広げたそばから商品に群がる客たちの気持ちがわからない。

 棚やハンガーラックを用いて陳列する人、手製の値札をひとつひとつに付け綺麗に並べている人、文字通り「服の山」を作り売る人。

 引っ切り無しに人が群がるスペースと誰一人寄り付かないスペース。

 マーケティングを試みるが、正解が分からない。「もし自分が売るなら」と考えてみたが、おそらく手間暇かけてあれこれ準備するも2、3個売れるだけで時給換算したら大赤字といったところだろう。

 いつだってそうだ。思惑は頓挫する。上手くいったことなど一度もない。

 そもそもみんなよくそんなに「いらない服」やら「いらない物」を買ったり家に置いておけるなと思う。自分なら買う前にずっと使えるものかよく考えて買うし、売るより前にゴミ箱に放り込んでいる。

 フィギュアやぬいぐるみを売っているオヤジがいた。ひとつもお洒落じゃないお洒落気どりのオヤジが小型犬を連れていた。なぜかオヤジばかりが目についた。

5月6日(日)

 ゴールデンウイーク最終日は東京の自宅自室で漫画を描いて過ごした。前日まで東北の田舎に帰っていた際、やることがなく「まんが道」を読んでいたのが影響したんだろう。ネームも描かずに、思いつくまま、子供のころのように、好き勝手、自分の自分による自分のための漫画を描いて過ごした。

 誰に見せるでもない創作活動は完全にオナニーだ。夕方、暗くなりペン先が見えなくなったところで我に返り、「俺は一日何をしていたんだ」と自己嫌悪するのも、オナニーと一緒だ。

 ところで女の人もオナニーの後は気持ちが萎えるのだろうか? 場末の飲み屋のババア曰く。「男が一人でした後虚しくなるのは当たり前。命殺してるんだから」

 一日部屋から出ないのもどうかと思い、隣町まで散歩がてら夕飯を食べに出た。

 通りでロマンスグレーの男とすれ違った。「若い頃はモテたんでしょうね」な男の眼は残念ながら死んだ魚ってやつで、右手には缶チューハイ、左手にはコンビニの袋、その中身は晩飯かあるいは朝飯か、サンドウィッチが入っていた。

 塀の上の黒猫曰く。「ごらん。あれが十年後の君さ。家族もなく友達もなく、趣味すらもない。だから休みの日にはすることもなく、ああやって一日の終わりに酒を呑んで人生を悔いるのさ」

 定食屋で簡単に夕食を済ませ、駅前のマクドナルドでコーヒーを飲みながらこれを書いている。どこで間違えてしまったんだろう? いや、どうしてあの頃「自分は間違えていない」と疑わずに生きていれたのだろう。そんなことを考えながら。

 もっと大切にすれば良かったと思う夜と、もっと粗末にすれば良かったと悔やむ夜がある。どちらにも共通するのは、もう二度とその夜はやってこないということだ。

 明日からまた犬の生活だ。しかも休み明けからカロリーの高い催しが用意されている。ありがとう、ありがとう。

 仕事があって、お給料が貰えて、毎日美味しいご飯が食べられるだけで感謝だ。そうさ、戦争反対、世界平和だ。

 死にたい人はとりあえず一年後にしましょう。そして一年頑張れたらもう一年後にしましょう。そうやって一年、一年とやっていれば、そのうちゆっくり何か良いことがあって、もう少し生きていてもいいなぁって思えるようになって、それでまた死にたくなったら一年後、また一年後、、、

 生きよう。

4月29日(日)

◯4時起床、休日、3連休の2日目。

◯7時過ぎ、赤坂見附のガストへ。隣に中国人のグループが座って、気分は北京の朝。

◯11時、友人と葛飾区四つ木待ち合わせ。キャプテン翼像を巡礼。

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◯14時過ぎ、月島へ移動、もんじゃで一杯。明らかに店側の火力設定ミスで真っ黒焦げ。久しぶりに頭にきて、すぐに店を出た。

◯16時、最寄駅近くまで戻り、焼き鳥で一杯。店員の名前が中学の時、俺を好きだと言ってくれた同級生と同じ名前だった。あの子は元気だろうか? 俺はとりあえず生きている。そしてたぶん、もう少し生きる。

4月28日(土)

◯5時起床、休日、3連休の1日目。3連休だということを忘れていたので得した気分。

◯8時過ぎ、身支度を整え外出。福岡出張の際、頼まれていたのに買い忘れた「博多なかなか」を買いに、東京駅構内、グランスタにある「はせがわ酒店」へ。40グラムのやつはなかったので、20グラムのやつを2つ購入。

YouTubeで「岡田斗司夫 本当は10倍怖い『火垂るの墓』」を観た。課金しようか迷うぐらい「なぜ清田は節子が見ていないときしか観客を見れないのか?」の部分が気になった。こんな時、一緒に考えてくれる文化的な友人が周りにおらず、本当に悲しい。

◯夜、友人と酒。いつも行く焼き鳥屋が満席で、「チューハイ100円」の貼り紙に釣られて路地裏の中華居酒屋へ。フジテレビのノンフィクションで取り上げられそうな、太った中国人の若い男が一人で切り盛りする、客のいない店だった。たぶん遅かれ早かれ潰れるだろう。

4月23日(月)

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週末は出張だった。出張といっても受付で出席者名簿に丸をつけて、あとは便所に篭っているだけのお仕事だ。

それでも労働は労働。面倒なことに変わりはない。断固辞めたい。働きたくない。

もっとも面倒なのは人間関係。接点が増えるデメリット。

どんなに仲のいい友達、家族でも、毎日顔を合わせていれば地雷が増える。まして他人では。

予期せぬ地雷。

「愚痴を言われて困る」とボヤいていた人に「いや、そのガス抜きをしていることで色々回っているんだと思いますよ」と言ったら「なんで俺が奴らのガス抜きをしなきゃならないんだ!」とキレられた。

年寄りがキレやすい理由を本で読んだことがあるが、内容を覚えていないし、覚えていたとしても理解できない。

老害を受けるのも与えるのも御免被りたい。だから早めに地獄に堕ちたい。なお、墓石不要、戒名不要。

閑話休題

中島らもは『今夜、すべてのバーで』の中でこう書いている。

「教養」とは学歴のことではなく、「一人で時間をつぶせる技術」のことでもある。

出張先は男女比で女性が多いと言われるところだった。おまけに美人も多いと言うから盆と正月状態。

どうやらだいぶ教養がついてきたのか、あるいは老いたのか、余った時間はホテルで本を読んで過ごした。

「オナニーはするけど、やっぱ肌と肌の触れ合い? 幸せホルモンっていうの? やっぱそういうのがないと私ダメなタイプで一人でいるのは絶対無理系? いわゆる恋愛体質? なんだよねー」

「いや、それ、ただのヤリマンだから」

「えー? 違うよー。ピュアなの、寂しがり屋のうさぎちゃんなの」

「うさぎは下手な集団にいるとストレスで死ぬんだよ。うさぎに謝れ」

「ねぇ、謝ったら今晩泊めてくれる? 実は彼氏と、あ、彼氏韓国人なんだけど、喧嘩してて、帰れないんだよねー」

「色んな意味で帰れハムニダ」

閑話休題

4月23日(月)、有給休暇を取って平日休み。予定はない。たぶんどこかのカフェで本を読みながら、隕石かミサイルか運命が降ってくるのを待っている。そしてどれが降ってきてもクールに受け止めるつもりだ。

ただ、井上陽水よろしく、傘がない。

だから雨だけは降りませんように。