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余命46年

30代独男、転落の軌跡

5月27日(金)

 今日という日は死にたい。

 年をとったせいか、何か直接的な嫌なことで死にたくなることはなくなった。でも代わりに、人の業とでもいうのか、汚さ、醜さ、悪意を感じたとき、そういう人間が作る社会から離脱、つまり死にたくなるようになった。


 取引先の会社からヘッドハンティングされて入ってきた女性がいる。美人で仕事ができると評判で、新しい事業のリーダーとして採用された、自分より年上の女性だ。

 前に仕事で顔を合わせたとき、確かに綺麗な人だとは思っていた。でも挨拶をするとき、相手の名刺を見て、上か下かで挨拶の仕方を変える人だったので、良い印象はなかった。

 一緒に仕事をするわけではないのでほとんど絡みはない。が、事務的なことや設備に関することで相談というか、頼まれることはある。別に自分の担当ではないが、重い什器を動かすとか、棚の位置を変えるとか、今までも他の社員が困っていれば助けたように、自分は当たり前に彼女を助けた。しかし助けた後の態度が、他の人と彼女とではあきらかに違う。

 今日は椅子だった。

 腰痛があるという彼女は今使っている椅子の座り心地が悪いという。もちろんそれは自分の仕事ではないが、椅子の取り扱い説明書を探して調整してあげた。はじめこそ「ありがとうございます」とは言ったが、数分後には「やっぱりダメみたいなんですけど」と自分に改善を求めてきて、細かい微調整をしてあげてもまた数分後には「やっぱりダメです」と改善を求めてくる。

「なんか私がワガママ言ってるみたいにとられると困るんですけど、本当に腰痛が酷くなったら仕事に出てこれなくなるので、なんとかなりませんか」

 何を言っているのかわからなかった。わかっても何故自分にそんなことを言うのかがわからなかった。

 見かねた上司が「もう椅子を買い替えてもらえば」と言ったのに対し、「いいえ、私のことで会社にご迷惑はかけられません」と彼女は答え、やはり自分に改善を求めた。

 結局今日は最大限調整した状態で座ってもらうということになったが、退社時、帰り際、自分の席を通り過ぎるとき、「もう調整とか意味ないから、通販で専用のクッション買おう」と他の女性社員に哄笑する彼女を見たとき「ああ、死にたい」と思った。

 新しい会社、うまく軌道にのらない新事業、周りから受けるストレスを、会社で一番下っ端の人間にぶつける行為。そして「この男は役に立たない」という印象を巻き散らそうとする言動。

 今日という日は死にたい。

 親切を感謝しないならまだしも、親切を踏みにじるような人間がいる世界から消えてなくなりたい。

 今日という日は死んでしまいたい日だった。