余命46年

30代独男、転落の軌跡

ボクは絵描きになりたかった。

今年の5月11日からこのブログで日記を書いてきた。きっかけは三浦綾子の『氷点』に『日記を三年続けて書いた人間は、将来何かを成す人間である。十年続けて書いた人間はすでに何かを成した人間である。』という一文に感化されたからだった。

時には当日のうちに更新できなかったり、日記とは呼べないような内容の日もあったけど、7月31日までの2ヶ月あまり続けてみた。

反省も目標もない日記からは何も生まれず、結果、同じような日々を繰り返しているだけという虚しさを確認するだけのものになった。

だからボクは書くことをやめた。

アントニオ猪木はこう言っている。

『人は歩むのを止め、闘いを忘れたときに老いていく』。

2ヶ月の歩みを止め、ボクはどのぐらい老けたのだろう。

でもボクはもっと長い期間続けていたことをやめたことがある。

それは『絵を描くこと』だ。

小さいころのボクの夢は『漫画家になること』だった。物心ついたときからスケッチブックに『キン肉マン』や『ゲゲゲの鬼太郎』を模写しては、その夢の実現に精進していた。

幼いボクは知らなかった。漫画家になるには才能が必要だということを。いや、成人し、それから10年の月日が流れてもボクはそれ知っていながら知らないふりを続け、漫画家という夢をイラストレーターという夢に変え、アルバイトで生計を立てながら、絵を描き続けた。

しかし30歳を越え、40、50になってもこのままだったらという恐怖を感じるようになった。そして才能のない自分は「夢を追う自分」を盾に現実から逃げているだけではないかと思うようになった。

そしてボクは描くことをやめた。

知り合いの漫画家志望の女の子が「私にとって絵を描くことは呼吸をするのを同じ」と言っていた。その言葉を借りるなら、老いを通り越し、ボクの中で何かが死んだんだろう。

ゾンビの眼で見る世界は、すべてが虚しく、色がない。ダメになったボクを見て、彼女も離れていった。色々な人との縁も切れた。

正社員の職に就き、安定した生活を送れるようになった。でもボクの中で死んだ部分が蘇生することはなかった。

マリアに救いを求め街を彷徨うも、マリアは見つからなかった。


数年ぶりに鉛筆を握り、スケッチブックを開いた。

線を引いた。

ゾンビの描く絵にしては可愛らしいものが描けたと思う。
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