余命46年

30代独男、転落の軌跡

すばらしくない日々

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 よくフェイスブックで昔付き合っていた子が結婚しているのを知って凹んだとか、ネットの普及による「知らなくてもいいことを知ってしまった事故」の話を耳にする。

 ボクも「皿の上のお肉がどんな方法でその形になったのか」ということを具体的に知ってしまうと美味しく召し上げれないタイプの人間なので、極力知らないことに努めている。もっとも酒に酔った勢いで検索ワードに昔の知り合いの名前を入れて、知らなくてもいい近況を知り、水割りを瓶ごとストレートに切り替えてしまうことがたまにあるが、、、。


 今日は全く別件で調べものをしていて、昔一悶着(Aだけ←死語?) あった、そう、このブログにも書いた、未だにカントリーマームを食べると思い出すAちゃんの近況を知ってしまった。

 新卒向けの企業広告の宣伝ガールになっているAちゃんは相変わらずのリス顏だが、あの頃とは違い自信に満ち溢れた社会人の顔になっていた。いわるゆリヤ充って感じ。

 きっと同じようにサイトで紹介されている男の同僚や先輩とよろしくやってんだろう。

 きっと今のボクのより稼いでいるんだろう。

 きっと(いやこれは絶対)日々の暮らしの中でボクを思い出すことはないんだろう。

 もし思い出すとすれば客でボクと同じ名字の人間にあったとき「あれ、昔同じ名字の奴がいたな。あ、あのいい年こいてフリーターやってたクソ野郎か」程度だろう。

 そんなことを考えると、世の中のボクと同じ名字を持つ人を消したくなってしまう。


 踊り狂った過去が憎い。

 全部嘘だったんだと弁解したい。

 あの作り話の夜を思い出すと、死にたいというより、消えてなくなりたい。


 ドラえもんがいるなら、人生をやり直す道具なんて贅沢は言わないから、人の記憶から完全に自分を消す道具を出して欲しい。

 いや、それも贅沢というなら、誰かを知っていたという自分の記憶を消す道具が欲しい。


 奥田民生は名曲『すばらしい日々』の中でこう歌っている。

 君は僕を忘れるから
 その頃にはすぐに君に会いにいける


 昔聴いてたときはいつか会えるかもという希望を感じていたけど、これって二度と会えない(会えるわけがない)ってことを歌った曲だったんだと、大人になって知った。


 ってゆーか、神よ、なぜ知りたくもない情報をボクに与え、ボクを苦しめる?

 人は「神はその人が越えられる試練しか与えない」というが、ボクには越えられそうもない。


 今日は穏やかな休日で、気分は上々だったのに、最後にドボンだ。