余命46年

30代独男、転落の軌跡

上野にて自分の年収について考える

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 ネットを彷徨っていると、頼みもしないのに「あなたの年収低くないですか?」なんて広告が、自分の稼ぎに疑問を投げかけてくる。

 今ボクは暖かい光のさす上野公園のスターバックスでコーヒーを飲みながらこれを書いている。この後、国立博物館にいって『みちのく仏像展』を見る予定だ(ちなみに進撃の巨人展は長蛇の列ができていた)。

 アルバイト生活をしていたころなら公園のベンチで缶コーヒーを買い時間を潰していただろう。いや、それすら持参したペットボトルで済ませていた。さらにいえばみちのく出身の自分は「行こうと思えばいつでも観れる」と博物館にすら行こうと思わなかっただろう。

 10年のフリーター生活を辞め、正社員の職に就き、そこそこの収入を得るようになった。

 同世代で年収200万なんて人の貧困を伝えるニュースを見ると「この人はこの先どうなるんだろうか?」と高みの見物をするようになった。

 高み?

 自分で書いていて笑ってしまう。そこそこの収入を得るようになったからって、高卒で10年のアドバンテージがある自分の「この先」は決して明るくはない。

 なのにだ。

 今の自分は全てにやる気がない。バッターでいえばバットを長く持って長打も打てるなんて顔をしながら打席に立ち、相手の失投をただただ願い、あわよくばフォアボールで塁に出ようとしているようなものだ。

 バカだ。

 自分のこととして考えると実感は薄いが、客観的に、たとえばあの窓際にいる自分と似たような男がそんな考えの奴かと思うと「終わってるな」と思うわけである。

 宝くじを買って億万長者になる確率と、自分で何かしらの努力して一千万稼ぐ確率、どちらが高いのか。

 そして自分はどちらに賭けるのか。


 とりあえずショーケースの軽食に手を伸ばしかけて、値段を見てコーヒーだけにした自分は、まだこの試合を諦めてはいないようだ。