余命46年

30代独男、転落の軌跡

老婆は「良いおまじないに力を与えるには、悪いおまじないも知らなければいけない」と言った。

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 水曜木曜と泊まりがけの仙台出張があったので、金曜は有給を取り、週末は同じ東北地方にある実家でつかの間の三連休を過ごしている。

 小学二年生から高校卒業までの十一年間住んだ土地だが、ここに友と呼べる人は一人もいない。親がいるから帰ってくる場所、それが自分にとっての田舎だ。

 田舎の町で自分と同じ年ぐらいの子連れ夫婦を見ると必ず頭に浮かぶ疑問がある。

 東京に行かず、田舎で暮らしていたら、自分の人生は今よりマシになっていたか?

 しばしの思考ではじき出される答えはいつも同じ。

 否。

 高校の推薦入学に落ち、一般入試でもまた落ち、行きたくもない高校(しかも男子校)に進学し、完全にくすぶっていた自分が田舎にとどまり続けていたら、今より最悪な状態になっていたことだろう。

 なにより絶対童貞だったと思う。

 とはいえ、上京が正解だったとはいえない。

 地方の美術大学受験に失敗、都内の二年制アニメ専門学校に通い、卒業後アニメ制作会社へ。しかし半年で退職、その後、十年以上のアルバイト生活。現在でこそ正社員で働いているが、夢なし、金なし、彼女なしの生活には希望のカケラもない。時々死にたくなる。


 幸せの定義は人それぞれだ。今のボクより辛い環境にある人は、ボクを見て幸せだと思うだろう。でも今のボクは、ボクから見て決して幸せではない。


 もし幸せがあるとしたら、ボクは金でもなく、女でもなく、健康でもなく、富や名声でもなく、

「幸せとは何か、ということを一生考えず死んでいくこと」

だと思っている。

 つまりこんなふうに「幸せとは何か?」ということを考えている自分はもはや幸せにはなれないということだ。


 この先の人生、良いこともあるだろう。悪いこともあるだろう。でもボクには絶対に幸せになれないという不幸を背負っている。

 それだけは確実だ。